子供を甘く見た教師の顛末 | 魔法石の庭3rd

子供を甘く見た教師の顛末

 今日は、ちょっと真面目な話。
 ……って言っても、毎回真面目に書いてるつもりですけどね、私は。ただ、ネタを挟まないと爆発四散する病気なので、お気楽に見えるかもしれませんけど。

 母が小学生の頃、シェイクスピアを読んでいた時、一部の先生には「分かってるのか?」とか「本当に読んでるのか?」などと疑われて、非常に悔しい思いをしたと。
 で、私も、「そういえば詩を書く時に、先生から『これはなにかを見て書いたの?』って言われたことあったよ」と言ったところ、母方の叔母はもっと悲惨な目に遭ったとのこと。

 叔母は、とにかく手先が器用で、子供の頃から祖母の針仕事を手伝ったり、猫に布団を作ったり(猫も、大人しくそこで寝ていたそう)できる子供だったらしいです。
 で、叔母が高校生の頃、やはり自由課題で、叔母は一編が1.5mはあろうという超大作のテーブルクロスを編み上げ、学校に提出したそうです。
 
 しかし、そのテーブルクロスを見た家庭科の教師が、「これは親に手伝って貰ったんでしょ?」と叔母に詰め寄ったので、気の強い叔母は「違います!自分で編みました!」と一歩も引かずに言い合いに。
 どうもその頃、その自由課題でどこか市役所などに持って行って表彰されることがあったそうで。
 しかし、その家庭科教師は、気が強い叔母よりもひいきにしている生徒の作品を出そうとして、『叔母の作った作品は親に手伝って貰った作品』だと言いふらさないと気が済まなかったとのことです。

 その頃、母は看護師寮で24時間看護師としての勉強をしているところで、その騒ぎを後から知ったとのことですが。

 しかし、誰が見ても、その家庭科教師が推薦する子の作品より、叔母の作品の方が優れており、子供たちの間でも、「Tちゃん(叔母)が作ったとしても納得できるよね」という空気になっていたそうで。

 担任の先生は、叔母の肩を持ってくれて、「この子はとても指先が器用で、今まで提出したものをご覧になれば分かると思います」と家庭科教師に言ったものの、その教師の許可がないと市大会には出せないと。

 で、ずっと、勉強が終わってからせっせとテーブルクロスを編んでいた叔母のことを見ていた祖父(正義感が強く、頑固な職人気質)が「その馬鹿教師に言ってやる!」と息巻いたのですが、母親である祖母は「今言っても、『Tが教師に向かって抗議した』という内申書を書かれるだけだから、お父ちゃん、今だけは我慢してちょうだい。そのうち、その先生はどうにかなるから」と祖父をなだめました。

 うちの祖母は不思議ちゃんで、勘が鋭く、霊感のようなものを持っていました。
 祖母の言ったとおり、その後、その家庭科教師は、別の件でPTAか何かの役職持ちの家と揉め、結局教育委員会にまで持って行かれて、どこかに飛ばされたらしいです。

 叔母は、「今も、あの悔しい気持ちは治まらない。あの先生は、死ぬまで許せないと思う」と言っていると。

 まあ、そんな話です。
 ちなみに、昨日の母の職場で、誰も「チャンドラー」を知らなかったのを、母は驚いて居たそうです。
「チャンドラーよ!?あの、ハードボイルド作家の!」と説明しても、その子たちは「いや、知らないです……」と。
「大学の文学部出てて、チャンドラー知らないってどういうことなの!」と母はプンプンしていましたけど、んー……実は、私もよく知りませんw名前は知ってるんですけどね。
 せめて、アガサクリスティー辺りにしておけば、知っている人も多いと思いますけど。チャンドラーを読む機会って、そんなにあるかなあ……?確か、村上春樹が「ああいったハードボイルド系の洋書からパクって来た文体」って太田光に散々言われてましたけど。

 太田曰く、「村上春樹は、『人間』が書けていない。どんな状況でも、クールで、取り乱さないのが主人公。そりゃあ、泣くこともあるけど、鼻水まで流す汚い、でも人間らしい涙じゃなくて、雨の中で上を向いて立ち止まって流すような、綺麗な涙」とか。

 わたしも、村上春樹あんまり好きじゃないですけどね。まあ、文学賞取ったら取ったで嬉しいとは思いますけど。
 でも、村上春樹のエッセイを読むと、人となりは好感を持てますけどね。大阪から上京してきて、東京で「僕の住むところはここだったんだ!」と開眼するところとか。なんでも、大阪のパーソナルスペースの狭さに、ずーっと村上少年は疑問を抱いていて、東京の人の冷たさが逆に「これだ!僕の求めていた人間関係は!」と思ったとのことです。
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