東北大震災だけど、何もしない理由 | 魔法石の庭3rd

東北大震災だけど、何もしない理由

 以前、ちょっと参加したことのある、しんじゅさんの共同レトリーバルには……参加しませんでした。
 というのも、私自身、小市民なもので、「辛いことは忘れて、テレ東のラーメン特集でも観ようぜ!」って思ったからなんですけど。

 レトリーバルに参加しようかと悩んでいたところ、メローネが「無理に参加しなくても良いんじゃないか?」と。
「お前は、最低限の備蓄を持って逃げる用意はできている。首都直下の地震が起きても、心に傷は負うかも知れないが、生き延びることはできるだろう」と。

 実際、私の福島の叔母も、原発の範囲内に家が入っており、避難を余儀なくされました。今は、アパートを借りて生活しています。
 また、もっと被害の大きかった叔母の家は、津波に流されるという大打撃を受けました。

 でも、人は、忘れないと生きていけないんですよね。
 いくら、各社が「津波が~」とか「震度の様子は」と放送していても、私はマスコミは信用しませんから。阪神大震災の、「サイレントタイム」でバンバンヘリ飛ばして、生き埋めになった人の救出の邪魔をしていたマスコミは、以降信用しませんよ。

 いつか、この大被害も、忘れてしまうこともある。
 でも、心の中で、地震速報が出たら、パニックになってしまう人も多いと思います。忘れるのは表面的なもので、本当は皆、記憶の奥底に、震災の恐怖を忘れていないのでしょう。

 かくいう私も、震災の時は、仕事中で、職場は電気は付いたものの、家に帰ると、食器棚の食器がほとんど割れ、瓦葺きの屋根は瓦が落ち、ガスも水道も使えない状態で、過ごさなければなりませんでした。

 数日して、やっと回復した際にも、テレビを付けると「震災の爪痕」として毎日津波の情報ばかりで、そりゃあ福島とか茨城の人は大変でしょうけど、こんな時にこそ明るい話題を欲していました。
 だから、テレ東が一番に「激うまラーメン特集」をやっているのを観て、和みました。

 そう考えると、現実逃避っていうのも、悪くはないんですよね。
 とある、私が個人的に尊敬しているゲームライターの人(宮城県在住)は、「別に黙祷とかしなくていいから、美味しい物食べて、ゆっくりしなよ。皆が元気になるのが一番だよ。わざわざ遠い東北とかまで祈りを届けるのなら、旦那さんにもう一品おかずをつけてあげるとか、家庭をちゃんとするのが良いんじゃないかな」と呟いていました。

 私も、そう思います。マザー・テレサのお言葉にもあるように、「日本の方は、インドに気を配るより、家族や近しい人に愛を注いで上げてください。近くにいる人をないがしろにして、ボランティアに出ると言うことは、偽善でしかありません」とか。

 マザーって、意外と辛口なんですよ。それは、教会という男体質(何せ、つい最近まで「女に人権はあるのか?」ということで議論していたような宗教)と戦っていくための、自己防衛なんですね。
 だから、母の職場で、インドに行ってマザーに会ってきた、という人もいるのですが、口をそろえて「厳しい人だった」と言います。
 タロットで言うと、女教皇のような人だったんでしょうね。批判精神に長け、母性よりも教えを説くことを選んだという。

 震災の話とずれましたが、ということで、私は震災の日になっても、何もしませんでした。
 うちも、結構な被害に遭ったのですが、それでも、「しょうがないよ。自然災害だし」という諦めがあるんですよね。

 その、「諦め」ができるのが、日本人の良いところです。
「テスト悪かった」「しょうがない」「就職落ちた」「しょうがない」「今、無職で親に養って貰ってる」「しょうがない」
 で、しょうがないってことは、「次につなげろよ」って話を含んでいます。
「一旦頭をリセットして、今度は頑張ろう」と、遠回しに応援しているんですよね。私の好きな言葉です。
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