私って人を見る目ねーな! | 魔法石の庭3rd

私って人を見る目ねーな!

 ちまたでは、アルコール中毒外来とか、禁煙外来とか色んな中毒症状の受け皿ができつつありますね。

 なんでも、AC(アダルトチルドレン)という言葉が生まれたのも、アルコール中毒患者の子供たちに共通して見られる「生きにくさ」とか「人に対しての恐怖心」というのがあるらしいです。実際、ACの子供たちが増えている年には、女性のアルコール中毒患者の上昇などが見られたそうで。
 つまり、父親が酒を飲んで暴れるということは昔からあったのですが、母親もキッチンドリンカーとなって酒を飲み、暴れたり無気力になって子供の世話をしなくなる、ということもあったとか。

 私の場合、一応働いてはいるのですが、週2回の通勤で疲れてしまったり、施設ということもあって、長くは勤められないということもあります。
 私がACかどうかは分かりませんけどねえ。
 うちは両親とも健在なのですが、以前スピリチュアルブログに書いたとおり、生活のため、そして祖父母のご機嫌取りのために私たち子供は人質に近い形で祖父母に育てられました。
 両親と会うのは、朝のごく短い時間と、夜の数時間だけ。父親に至っては、一日顔を合わせないことすらありました。いつもは祖父母と就寝するため、両親と水入らずで話したりするのは土曜日の夜だけ。その時は、「お泊まり」と言って、両親の寝室で寝ていました。

 祖父母との生活は、愛情と行きすぎた躾が交互に来ていました。
 ある時などは、公園に行くために、祖母の手を離れて数メートル歩いただけで家に帰って酷く叱られ、しかもそれが歯磨きやお風呂、就寝前などの逃げられない場所に行ってから叱られ続ける、といった感じの躾でした。
 これ、良くないらしいですね。とある児童書を読んだところ、「逃げられない場所で叱るのはいけません。子供を叱る時は必ずどこかに逃げ場を作ってあげましょう」と書いてあり、「そうだったのか!」と腑に落ちました。
 特に、就寝前などで叱られていると、うとうとしただけで「まだ終わってないでしょ!」とたたき起こされたり。いやー……そうか。普通のおばあちゃんってこんなことしないのか。
 そういえば、その児童書で「子供には家族の誰かが叱る役となだめる役を決めておいて、決して子供に対して叱る役だけにならないように」とか書いてあり、あー、これ、うちの両親もそうだったなあ……と。私が高校を辞める時、両親は二人で責めるばかりで、しかも閉ざされた空間内で叱られ続けました。

 それと、これはうちの家族全体がそうなんですけど、何でもかんでも子供に隠しておくんですよねえ。
 たとえば、最近ではうちの家の壁を塗り替えるために1週間くらい職人さんが来ていたのですが、それを知らされずにいたり。で、職人さんが来てから「窓とカーテンを閉めなさい」と言われ、「いや、そんなの、いくらでも事前に言う時間あったじゃん……」と思いました。
 母が倒れて胃潰瘍をやったときも、私たち子供にはもう20歳過ぎているのに何も言われなかったり。全てが事後報告なんですよね。
 
 こう考えてみると、私の家族って結構歪んでたんだなあと思いますよ。
 そりゃあ、児童書通りの家族なんて築くのは無理でしょうけど、色々な精神関係の人を見てきた上司が「右川さんのご家族は、失礼だけど強烈だよね」と言われ、ああ、そうなのかなと。
 その歪みが、私の高校を辞める時に爆発したのではないかと。
 
 また、兄弟仲も良くないので、3年くらい前に、当時の担当医から母に「弟さんも一度病院に連れてらしたらどうでしょう?」と言って貰ったのですが、母は「考えます」と言って、ここ3年間何の動きもありません。で、弟は、週3くらいで2~3時間ほどパソコン教室に外出するだけで、後はずっと部屋にいます。
 で、これが厄介なんですけど、私が弟の部屋の前でうっかりパキッと床を鳴らしてしまうと、以前は「うるせえよ」と壁ドン(本来の意味の壁ドン。イライラして壁を殴ること)してきまして。今は、それを母に注意してもらったら、弟は「やってねえよ」と言い張り(ここもこざかしいというか。父と母のいるときは壁ドンしない)、さも私の病気のせいで被害妄想があるのだと母に言ったそうです。

 今は、「チッ」と舌打ちする音が聞こえます。でも、自分は何をしているのか、ドンドンと音を夜中まで鳴らしているのです。それで、私もカチンときて、音が鳴ったら壁を殴ったら、そのうち音が鳴らなくなりました。
 やられないと分からないんですかねー……。一応、名門校に入ったぐらいの頭脳はあるのに。
 やっぱ勉強できるのと他人のことを考える能力って比例しないんですね。

 そういえば、以前私がちょっと交流のあった名門大学出身の人は、とにかく空気が読めなくて、ちょっと困りました。
 ネット上の付き合いだったんですけど、いきなり「彼女がいたことがない」とか「まだ数通のメール交換しかしてませんけど、良かったら付き合って欲しい」とか言われまして。
 いやー……それ厳しいでしょ。いくら私がほぼ彼氏いない歴=年齢だって無理でしょ。
 そう思って「いやー、私ブスデブですし、○○さんの思ってるような人間ではないですよ」と返したところ、「顔は関係ないですね」と、いまいち的を射ていない返答。普通、女がこう言ったら、「いや、多分可愛いですよね~」とか返しますよね。で、「ホントに女性と付き合ったことないんだな」と思いました。

 他にも、時々イラッとくるようなことがありまして。その人は、次にターゲットを見つけたのか、メールは来なくなりました。
 大体半年くらいだったでしょうか。会って数通で付き合おうとするような人って、それぐらいで冷める気がしますね。そんなんで、ホントに付き合ってたらどうすんの?と思ったりしたんですけど。

 うーん、こう考えてみると、私、人を見る目ねーな!と思います。
 まあ、ごく十数年前まで、「うちの家族は皆私を愛してくれて、最高!」と思ってたんですけど。目が曇ってたんですよねえ。その愛情の矛先が微妙に逸れていたことに気づかなかったというか。ホントにアホタレだと今では考えますけど。

 じゃあ、どうやって人を見る目を養うか。それは、「知識」だと思います。
 生来、人を見る目が曇っている人間は、代わりに知識が必要です。自分に近づいてくる人が何を求めているのか、何を考えているのか、それらを見破る知識が必要だと。
 それらのヒントはそこら中に転がっています。たとえば、一緒に食事をした際に、自分には優しくても、店員さんには横柄だったりすると、「この人は自分より下だと思う人間には雑。つまり、恋人や妻になった際に同じように横柄になる可能性が大」とか。
 
 人と付き合う際には、深い仲になる前に知識が必要なんですなあ。
 あんまり損得勘定で人と付き合うものでもないと思いますけど、損得は大事になってきますしね。すごく良い人でも、妻には暴力を振るう人とかいるじゃないですか。ああいうのがいるので、人を見る目と知識は必要なんじゃないかなと思います。
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