宗教と酒 | 魔法石の庭3rd

宗教と酒

 私、普通の宗教なら何でも受け入れられるんですけど(新興宗教除く。新興宗教って、ようはお金教なんだよね。あと、単に頭おかしいオッサンを祀りあげて部下が美味しいところを持っていくとか。オウムの幹部に高学歴が多いのもそのため。本気で国家転覆まではいかないけど、それに近いことならできるかもしれない、そして美味い汁が吸えるかも知れないって言う)、唯一ダメな考え方があるんですよね。

 それが、「○○は食べちゃダメ」ってやつ。だから、ムスリムとは気があわないと思います。ヒンズーの数珠は持ってますけど。
 
 とある祭りの時に、ムスリムの女性が参加して、あまりにも美味しそうに皆が豚を食べるので、食べたくてじーっと見てたら、そこのおじさんに「お前らの神様ってのはえらいんだから、お前らが好きなもの食べたくらいで怒るような狭量さはねーよ」って言われて、豚を口にしたら美味しくて、その後は何でも食べるようになったとか。

 多分、日本に来ているムスリムなんかは、もっとアバウトな宗教観なんでしょうけどね。

 そうそう、酒は、日本神道と深く関わりがあるのですよ。
 昔から酒は「御神酒」といって、神様に供えたお酒はキリスト教で言う聖水みたいなもので、巫女も神主も飲んで良いもの、とされています。そりゃあそうよ。神様が頂いたお酒なんだから、聖なる物に決まってるでしょ。

 西洋では、葡萄酒(ワイン)が御神酒に当たり、キリストが最後の晩餐の時にパンを取って、「これを私の肉体だと思いなさい」と言い、次にワインを掲げて、「これは私の血です。パンやワインは私の体そのものなのです」と宣言しました。

 まー、ワインはワインだし……と思うのも無理はないですけど、そういう物語としての聖書は面白いですよ。といっても、私は聖書あんまり読んでないんですけどね。サタン(悪魔)が殺した人間の数より、神が殺した人間の数が多いって言う……。そういうのってめんどくさいです。

 アルコール片手に、聖書を読むというのも、なんとも知的でかっこよくは見えますけどね。実際、芥川龍之介も、大量に睡眠薬を服薬し、聖書を読みながら眠りについて、そのまま二度と起き上がることはなかったそうですが。
 しかし、奥さんが遺体を見て、最初に言った言葉が、「お父さん、良かったわね。これで天国に行けるわね」と。それほど、生前の芥川は追い詰められており、見ていられないほどの精神状態だったそうです。

 さあ、酒だ。
 ここのところ、酒のアルコール中毒に対しての文章を書いていましたが、私は別に、「飲みたきゃ飲めば良いじゃん」というスタンスです。他人だし。
 ただし、酒乱は飲ませてはいけません。あれは別。治っても、一滴でも飲んでしまうと、酷く暴れるそうです。

 田口ランディさんというエッセイストが書いてあるに、お父さんがアルコール中毒で、つい最近(10年前くらい)まで飲んでは暴れるを繰り返しており、ランディさんは夜の町やクラブを徘徊して、父親と会わないようにしており、ようやく結婚して孫ができてから、父が酒を飲まないようになったということを聞いて、関係が修復したそうです。

 そのエッセイの中に、とあるおばさんが「田口さんのお父さん、モモちゃん(ランディさんの子供)の手を本当に宝物みたいに握ってて、感動しちゃったわよ」と言われ、田口さんは、「今まで憎い憎いと思っていたのは、酒乱で暴れる父のことで、本当の素の父とは向かい合っていなかった。父には、父なりの葛藤があって、酒乱に走ったのだろう」と、やっと父親を認めることができたとか。

 むう。また脱線してしまいましたね。
 ということで、酒は飲む人は飲む!飲まない人は飲まない!
 それでいいんじゃないでしょうか。

 ムスリムなんかも、肉を食べる人は食べる!それぐらい、自由があってもいいと思うんですねどねえ。
 まー、インドなんかも、治安が悪くなってきているそうで、神様の発達している国は平和なんじゃないの?と疑問が浮き出てきます。キリスト教では、「苦しみはイエスの代理です」ということでわかるのですが、平和じゃない国が「神様が……」と言うのは、なんか変な気がしますね。

 まあ、酒でも飲んで、皆落ち着けよ、と言いたいです。
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