点数至上主義に別れを告げて。 | 魔法石の庭3rd

点数至上主義に別れを告げて。

 んー。多肉全然関係ないんですけど。

 今までの私がしてきた勉強法っていうのは、実はすごく間違ってたんだなあと思わされました。

 今までの私は、多くの人がそうであるように、テストの成績が良ければそれで良い。点数を見て、だいたい合ってたら良かった~と思うぐらいでした。
 で、その後の先生の解説とか、塾に行っていた頃は塾の先生にテストを見せて解説してもらうとか、その時間が何のためにあるんだかわからなかったのですよね。はい、あほたれです。
 なんで?点数出たからもういいじゃんって。

 でも、テストって、結果じゃないんだな、って今更考え直しています。
 テストっていうのは、その子がどこを間違って、どこを考え直したら良いのかを計るものさしみたいなもんで。そのものさし自体を「神様!」とは崇めないでしょう。
 入試試験だって、下手に自分の実力より上の学校を選ぶ必要もあまりないわけで。
 もちろん、「これを学びたい!」っていう使命があるのなら、そうした方が良いとは思いますが、入試テストってのはそもそもが「これぐらいの学力ならこの高校・大学の授業についていけますよ」っていう、まさにものさしなわけで、それに落ちたのなら、「ああそうか、私はこれぐらいの実力だったんだなあ」と滑り止めなりの学校に行けば良いのです。

 まあ、確かに、学力と人間性ってのはある意味比例するところもありますけどね。
 実際、私の職場の近くには学校が3つあり、2つが小学校で、そのうちの一つが私立高、一つが公立。そして、1つはこの辺で一番学力の高い高校です。

 で、私立校の方ですが、必ず子供たちがすれ違う人に対して「こんにちは!」と挨拶するんですね。
 うちの方は田舎で、ある意味建物より田んぼの方が多い地域なのですが、それでも、わざわざ挨拶を心がけている。どうも、仏教系の学校らしいのですが。
 公立校の小学生は、まさに小学生。キーキーうるさいですけど、まあ、それが子供だよね、という感じです。

 そして、学力の高い高校ですが、その生徒たちはほぼ全員が、後ろから自転車(私)が来ると、さっと端に寄るんです。複数人で帰っていても。
 で、その保護者のお母様たちが、逆に始業式なんかで集まっていると、邪魔になっているっていう……。子供は親の背中を見て育つと言いますが、邪魔になってるお母様たちの背中は見てなかったんですね。良かったです。

 そもそも自転車が歩道を走るなってことになりますが、言い訳をすると、そこの道は結構車の通りが激しく、また、トラックなどの大型車も多く通る場所なんです。
 だから、自転車で車道を走るのが困難な場所で。私も、高校生が複数人一緒に帰っている時は、車道を走りますが、普段は危ないので歩道を走っています。

 学力と人間性って言うのが必ずしも比例するとは思わないのですが、行動なんかを見ていると、ちゃんとしているのはある程度の学力のある子だってことです。

 さて、テストがものさしだって話ですが。
 学生なんてとうの昔に辞めてしまった私が、最近気づいたことなのです。……今まで気づかなかったのです。
 今、塾講師の人とメールのやりとりをしているのですが、その人曰く、「最近の子は、ちゃんとテストの答え合わせをしない。間違っていた箇所の解説すら読まない」とか。

 で、私は「そうだったのかー!!」と衝撃を受けたのです。
 テストの点数は、ものさしでしかない。そこに神聖性を求めるのなら、それは点数ではなく、間違っている箇所を教えてくれた参考書とか先生の解説にあるのではないかと。
 点数至上主義ってのは、教える側からしたら鼻で笑っちゃうようなことなんだと。

 そうだったのかそうだったのか!点数さえ良ければいいんじゃないんだ!重要なのは、どこを間違って、どこを理解しているかだったんだ!
 そんな、当たり前のことを、学生を離れて数十年経った今、学びました。おっそいですよね!すみません、私が馬鹿だったのです。
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