生きているロザリオ | 魔法石の庭3rd

生きているロザリオ

 最近、またロザリオを付けています。

 ……で、私がいつも購入するのは、「女子パウロ会」や「ドン・ボスコ」などのいわゆる「教会が運営している通販ショップ」なのですが、ロザリオって本当は首からかけてはいけないので、強度があまりないらしいのです。……でもまあ、私も生粋の日本人ですし、「ファッション的に綺麗」と思ったロザリオはついつい首にかけてしまいます。お祈りをするときは、首に提げたままで珠をたぐって祈ります。

 それで、昨日の夕方、「天使祝詞」を5回ほど唱えたところで疲れてしまい、でも横になっても眠れないので、ふとキリストの受難を黙想しました。
 キリストは、「全ての人類の原罪(神に逆らった罪)と、苦しむ人々への、その人々の中にいる『神』を象徴して磔にされた」……というのが私の見解ですが、合っているでしょうか?聖書も、中学生の頃に校門前でシスターが配っているのを読んで、「なんだこの偉そうな神は?こんなの要らん」と多分、どっかの荷物に紛れたか捨てたかしたと思っているので、あまり真剣に目を通したことがありませんので。

 まあ、それが本物の聖書なのかはわかりませんが。もしかして、新興宗教の類いかもしれませんし。
 確か、聖書というのは、改ざんすると重い罰を受ける、とのことですが、日本のように宗教的にゆるい国では、改ざんしまくりだと聞いた覚えがあります。敬虔なイスラムの人たちですら、日本人の「神様ってのは偉いんだから何食ったって酒飲んだって怒らないだろ」という価値観によって、豚肉を食べたり、豚骨ラーメンが好きだったりするそうです。

 ……まあ、イスラムも、本物の聖典では、「豚は火を通さんとアカンよ」「色々言うけど、その場その場で結果は違ってくるから、柔軟に考えなけりゃアカンよ」という、実に合理主義な教義だったりするそうですが。
 
 で、ロザリオです。
 そんな、キリストの苦難を黙想するに従って、どこかキリスト教に関してかたくなだった私の心が溶け始め、人類の罪と、苦しみを請け負ってくれているイエス様に「ありがたいな」と心から思うようになりました。「なんて心の広い人だろう。普通の人間じゃ、その境地には至れないよな……ありがたいねえ」と。

 すると、知らずのうちに握っていたロザリオの十字架部分……磔刑にされたキリストから、ひんやりとした私の属性である水の気と、どくん、どくん、という鼓動が伝わってきました。
「え!?」と驚いていると、十字架部分がまるで生きているかのように脈を打っています。
 ちなみに、今まで十字架やメダイを握っていても、そこまで感じることはできませんでしたので、「手先の脈によるもの」だとも思えません。……そういえば昔も、一度、メダイが生きている感じにはなったことあるかな?

 それと、ロザリオ自体も、決して高価なものでも、希少品でもありません。
 多分、1~2年くらい前に買った、黒い木製のロザリオです。購入したのは女子パウロ会だったと思いますが、今、在庫があるのはドン・ボスコだったかな?ともあれ、「そこそこ大きな教会に行けば簡単に手に入る程度」のロザリオだったと思います。

 黒い木、というので、「もしかして黒檀?」と思われるかもしれませんが、十字架の一部の染料が剥がれて、下の普通の木材の部分が見えているので、多分よくある木材を染めているものだと思われます。
 黒檀のロザリオも持っていますが、一度ピンの部分が切れて、修理したことがあるので、怖くて付けられません。9000円くらいしましたし……。

 ん?9000円したのは、白檀だったっけかな?何しろ年単位でロザリオ沼にはまっていたので、ちょっと記憶が曖昧です。白檀は、実際はあんまり香りがしないんですね……。
 なんでも、香りがする聖具や仏具は、宗教を超えて全て「良い」というらしく、たとえば仏様なんかは白檀や沈香といった香木を好むと言われていますし、キリスト教でも百合や薔薇などの香りの強い花が捧げられます。
 沈香なんかは、お値段数十~数百万とか。えらい世界です。
 これを持っている人によると、「数珠玉からちょっとずつ削って、火で炙って香りを楽しむ。おかげで、数珠がガタガタしてる」だそうで。

 基本的に、仏教は「自分で悟りを開かない限り、輪廻転生を繰り返して苦しまなければならない」という教義で、この世に生きることは「苦難」だと言います。
 キリスト教の場合、「イエスと唯一神に任せなさい。その愛を疑ってはならない」という、仏教で言えば浄土宗系だと考えればいいかと。

 しかし、キリスト教の中でも、プロテスタントは「偶像崇拝を禁じる」ということで、ロザリオや不思議のメダイはおろか、十字架ですら教会の中に申し訳程度に飾られているだけなのだそうです。
 カトリックはそこら辺寛容で、イエス様もマリア様も、そして列聖の聖人たちですら信仰の対象になります。
 聖具も数多くあり、ロザリオは基本的にマリア様にイエス様……そして神への取り次ぎをしてもらう、という祈りの道具です。

 ロザリオを首にかけてはいけない、というのも、欧米や日本での決まり事であり、南米では普通に首にかけて教会に行く人たちもいるそうです。お祈りの際には外すそうですが。
 また、欧米諸国でも、ドルガバやティファニーなどのブランドがロザリオを出しています。……ということは、ロザリオがファッションになっている、と認知されてきた、ということでしょうか。
 ある悪魔払いの記録のうちにも、「悪魔に憑かれた人にロザリオを首にかけさせたところ、ぴたりと止んだ」という記述が残っているそうですし。「ロザリオ=お守りの一種」という価値観もあっていいような気がしますね。
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