神様は皆一つ | 魔法石の庭3rd

神様は皆一つ

 今、ちまたで騒がれているイスラム教の教義ですが……。

 はっきりいって、ざっくばらんに訳すると、「豚肉は食べても良いけど、火を通さないといかん」「キリスト教やユダヤ教は俺らの祖先でもあるから、ちゃんと敬わないといかん」「時々、断食して貧しい人の気持ちもわかる子になろうな」「色々言ってきたけど、その時その時によって結果は違ってくるから、柔軟に考えないといかん」……という、実は全然厳しい教義でもないのです。
 私も、2chのまとめサイトで読んだので、孫引きになりますが。

 それを、「この解釈が正解だ!」として争っているのが現在の状況のようで。なんか、めんどくさいですよね。現在、イスラム教圏は危険とされていますが、早くお互いにちゃんと線引きできるようになれるよう、祈っています。

 ちなみに、「今、マホメットが現れて最前線で『ケンカしたらあかんよ』と言ったらマホメットが殺されそうな感じ」とか言われていました。うーん、なるほど。

 キリスト教圏の話では、とあるカード型メダイの言葉で、「神はいつでもあなたの中に」という言葉があり、私ははっとしました。
 そうだよ。私、一応日本神道系の神様とはいえ、常に神様と繋がってるじゃん!そうか、別に神道やキリスト教に限らなくても、神様の教えっていうのは、全部の宗教にある意味通じてるんだ……と。

 オウムとかのように、政府転覆とかまで行っちゃうとそりゃあ駄目ですし、今のイスラム国だって駄目ですよ。
 でも、だからといって、仏教やイスラム教全てを信じちゃいけない訳じゃないし、神様の世界って言うのは、どこでも繋がっているのだから、どの宗教に祈っても、行き着く神様は一緒なんじゃないかなあと思います。

 大日如来もアッラーもヤハウエも天照も同じ。ただ、それに通ずる教義が違うだけです。
 何度も書きますが、ダライ・ラマの言葉に、「あなたの宗教で祈りなさい。どの宗教でも良いのです。もし、その宗教の教えが体に合わないのなら、変えても良いのです。全て柔軟に考えなさい」と。

 どの考えでも、凝り固まらない。でも、疑うことは、自分の身や資産を守るためには必要なこと。宗教心と疑惑は別物であり、たとえばプロテスタントの信者だって、教会のやり方に疑惑を持てば改宗しても良いのではないでしょうか。もし「やっぱプロテスタントがいいわ」ってなったらまた改宗し直せば良いだけです。

 残念ながら、今のイスラム教圏や、一部のキリスト教圏などは、それを許さないこともあります。
 でも、私たち日本人は、自由に宗教を変えることもできますし、何だったら兼用したりもします。
 少しずつですが、そういった宗教に寛容な運動が、世界にも広がっている気がします。キリスト教でもお寺に観光に行ったり、禅の体験をしたりね。
「自由の国・アメリカ」としてアメリカは大国となりましたが、実は貧困層や有色人種への迫害などの問題も多々あります。私たち日本人がかつて憧れた、「自由の国」が実は一部の成功者だけに与えられた特権であったというのも、既に皆さんお気づきかと思います。

 そして、またもや皆さんお気づきの通り、真の「自由の国」などないのです。
 その国それぞれに問題を抱えていますし、我々日本でも、20代の若者の死亡理由一位は未だに自殺です。
 1億を超える国民の中で、毎年3万人の人間が自殺をしており、これはほとんど戦時中と変わらない、と嘆く人もいます。
 
 じゃあどうするか。それは、「自由の国の芽を育てよう」ということです。
 実際、日本に来る外国人は、皆、「人々がとても親切だった」と言います。日本にも、「自由の国」になれる芽はあるんですよ。それを育てて、いつか「日本人か!じゃあ通って良いぞ」と税関などで通ってしまえるような国になることができたらな、と思います。

 実際に、ヨーロッパ圏に行ったところ、「日本人はこっちでも良いぞ」とユーロ圏の税関を開けてくれたり、サッカーの試合の後のゴミ拾いがどこかの国で賞を取ったりということもあります。
 私は、日本が好きです。
 だから、もっと良い国になってほしいし、真の「自由の国」にもなってほしいと思います。

 日本人として、頑張りましょう。
 あなたがどこの神を信じようとも、全ての神は一つに繋がっているのですから……。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示