習い事なんて嫌いだったあの頃 | 魔法石の庭3rd

習い事なんて嫌いだったあの頃

 夕方から、スピリット界にアクセスできません。
 昨日は昼間、アクセスしちゃいましたからね……。まあ、館に何もなければ良いんですけど。

 ところで、とある場所の多分大量生産品のメダイを見ていたら、なんと、マリア様のお顔に2つのぽっかりとした眼を開けているところがありました。
 ……なんだろう?このマリア様。悲しんでいるような、何かを恨んでいるような……。

 でも、なぜこのショップが、このマリア様の写真を選んだのかがわかりません。もっとはっきりとした目鼻立ちを付けたかったのか?いや、でも、いくらなんでも、このマリア様は不気味すぎる。ドクロのモチーフの方が、ちゃんと「世界の闇の部分」だとわかっている分、可愛いくらいです。

 他の写真を見ると、そこにはちゃんとしたマリア様の写真が。どうしてこの一枚にだけ、こんなマリア様なの?と私は思いました。
 
 話は変わりまして、私の幼少期のことを少しお話したいと思います。

 まあ、私の祖母というのがこれまた強烈な人で、愛情深い人ではあるのですが、時々その愛情が横道に逸れることがありました。
 うちは共働きなので、子供の世話は祖父母がしていたのですが……。

 たとえば、「授業はわからなくても手を上げろ」「学級委員には必ず立候補しろ。○○子(叔母)は学級委員で優秀だった」「(少しでも逆らうと)ばあちゃんの言うことがわからないのか!(びんた)」
 私は、クラスの中では大人しく、目立たない存在だったので、そういった教育を受けていた私は、皆の目では「変なところで目立ちたがり屋の右川さん」という位置づけをされました。幸い、それでいじめられたことはなかったのですが……。

 私としては、すっかり洗脳完了されている状況ですから、何故自分の行動がおかしいのかがわからないのです。例を挙げると、新興宗教にはまっているところの子供、という感じでしょうか。子供の頃からおかしい環境で育っていたので、周りと比べて何がおかしいのかわからないのです。
 
 中学校に入ると、段々「どうも私の環境はおかしいらしい」と気づいてきました。
 思えば、ピアノや塾等に行かせられていたのですが、それらは全て、祖父母の親戚づきあいのためでした。
 他の習い事がしてみたい、と言うと、「本当にそれはお前のためになるんだろうね?でも、うちにはお金があまりないのだから、無駄な習い事はさせられないよ」と、小学校低学年の子供に対して、ものすごく責任を背負わせるような言い方をして、諦めさせられました。

 親戚づきあいのための習い事。それが面白いはずもなく、私は小学校低学年から中学校高学年までずっと、前の見えない習い事をさせられました。
 しかし、その時から不思議な現象は起きており、ピアノの発表会の時などは、勝手に指がすらすらと動き、気づけば自分の番が終わっていたのです。なので、親からは「全然緊張してなかったね。それに、練習してないのによく弾けるね」と言われました。

 思えば、あの時から、私は「憑依体質」だったのかもしれません。霊感は全然ない私ですが、これはすごく不思議な体験でした。

 しかし、中学校も高学年になったある日、「発表会のビデオができたよ」と先生に言われたのですが、その発表会の時、私は足がガクガクと震えていたので、恥ずかしくて「ビデオは良いです。観たくありません」と断りました。
 すると、先生は無言で退出していって、上の階(先生の実家でピアノを習っていました)から「観たくないって、可愛くない子!」という声が聞こえてきたのです。

 それで、私は「ああ、ピアノ辞めよう」と思いました。
 それに、私は以前、祖母が言っていた「うちにはお金がないんだから」という言葉通り、「お金がないのならこれまでよくやった方だよ、もう月謝払わなくて良いのなら、それで良いじゃん」と思って家族にそれを打ち明けました。

 しかし、家族からの第一声は、「今まで幾ら金かけたと思ってるんだ!」でした。
 もちろん、それならこれからもお金をかけなくて済むということは、私にとっては親孝行だと思っていたので、私は「???」となりました。
 特に祖母は激しく私を「根性がない」とか「自分さえ良ければ良いと思ってる(???)」とこきおろしました。

 で、後々気づいたのですが、これ(自分さえ~)の意味って、つまりは「私の顔を潰すな」という意味なんでしょうね。
 習い事を辞めるということは、親戚とのつながりが薄くなるということ。私はさしずめ政略結婚に利用されていたようなものだったのです。
 この「自分さえ~」は祖母のおきまりの台詞なのですが、そういう割には、祖母は独善的です。なので、私は祖母に言ってみたい。

「自分さえ良ければ良いと思っている」のはあなたの方なんじゃないか?と。
 それは、同族嫌悪なんじゃないの?

 ちなみに、塾を辞める時も、同じようなやりとりをしました。
 結局、ピアノも塾も辞められて清々としたのですが、学校を辞める時にはこの倍の罵声が振ってくるとは、私はまだ知りませんでした。
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