数珠はソロバンの珠のようなもの | 魔法石の庭3rd
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数珠はソロバンの珠のようなもの

「霊験修法曼荼羅」という秋月慈童さん語りの漫画を読みました。作者は「カルラ舞う!」で有名な永久保貴一先生。
 この漫画では、慈童さんが永久保先生に語ったエピソードを元にして漫画にしたもので、読むのに気合いが要ります。仏教をちょっとかじっている程度の知識しかない私でもわかりやすく読めるのですが、何せ書いてある話が濃いので、休みながら読みました。

 なんだか、「うちの仏様もちゃんとしないといけないなあ」と思って、私が勝手に飾っている仏壇の掃除と、仏像フィギュアは仏壇から外して他の場所に移し、すっきりさせました。そうしたら、体が軽い気がします。考えてみれば、仏壇には2体の歓喜天が祀ってあるので、埃を取って綺麗にしたのが良かったのかも(歓喜天は綺麗な場所を好みます)。
 
 それと、久しぶりに数珠を出してきました。
1007

 翡翠の108玉数珠ですね。といっても、これは本物の数珠ではなく、「数珠風」にワイヤーを通しただけのネックレスです。
 でも、これを弾いて真言の数取りをしているので、数珠と言われれば数珠。仏教式でも、数珠はあくまでもカウンター。数を数える、ソロバンと同じ、というわけで、そんなに気負うものではないそうです。
 
 仏様にあげる真言では、1000回が願望成就に最適だそうですが。
 別に、1回でも良いのです。前も書きましたが。
 真言スレによると、「確かに願いが叶う速度は上がるが、大切なのは1000回を1週間ではなく、1回を何十年と細く長く続けていくということ。途中で飽きたり疲れたりで真言をあげるのを止めてしまうのなら、1000回でなくとも良い」のだそうです。

 あと、歓喜天スレに書いてあった「コーヒーは砂糖とミルク入りならあげてもいい」ということで、ミルクコーヒーをあげました。
 そうしたら、仏壇にあげてあまり時間が経ってない(5~10分くらい)のに、明らかにコーヒーの量が減っています。そして、飲んでみると甘い。そんなに砂糖入れたっけ?というくらい甘かったのです。
 永久保先生が「気で酒の味を変えられる」と描いていましたが、仏様方もそういうことができるようです。

 というか、私の部屋の仏壇の仏様、開眼供養してないんですよね。
 今身につけている歓喜天と三面大黒天も開眼まだです。多分、下の部屋の仏間の本当の阿弥陀様は開眼されていると思います。
 でも、多分ですけど、そういうのはあんまり関係ない気がします。
 永久保先生の漫画でもありましたが、神仏は信仰心の強さで神様のランクも変わるそうです。どんなに立派なお寺にあっても、信仰されてなかったらダメ。逆に、屋敷稲荷がものすごい力を持ってしまい、慈童さんがダキニ天や眷属を背負って寺に返すはめに……という話もありました(普通、屋敷稲荷にはダキニ天本人はいない)。

 つまり、信仰していれば割と大丈夫っぽいです。
 たまーに狐とかタヌキとか、そういう類いのものが位の高い神様を名乗って憑くこともありますが、それほど人間の信仰心というのは妖怪にとっても神仏にとっても重要なことらしいですね。

 私は今のところ、15回真言を唱えています。三面大黒天も増えたので、真言覚えねば……と思っているのですが、3体もいっぺんに真言唱えるの大変なので、大黒天真言だけ唱えています。
 是非成就させたい願いがあるのですが、ホントに成就したらすごいな、と思っています。私にとっては雲の上の話なので。

 歓喜天と、三面大黒天にすがって真言唱えますよ。頑張ります。
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