仏教の祈りの作法は自由! | 魔法石の庭3rd
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仏教の祈りの作法は自由!

 仏教の祈り方なんですが。

 必ずしも、仏像や仏画が必要な訳ではありません。仏像や仏画は、それを買うことによって「これはありがたいものだから、大事にしなくては」という気持ちを呼び起こすための媒体です。
 数珠は、一般常識的にはあった方が良いんですけどね。数珠を持っていないということは、仏様を素手でつかんでいるようなものですから。しかし、裏を返せばそれだけのことで、まあ、波風立てないためにも数珠を持った方が良いという。
 別に、天部や明王はともかく、如来や菩薩レベルだと「素手でつかんだのが一体何の罪になるのです?」といったところだそうです。

 要するに、「気の持ちよう」だと思います。
 だから、仏教徒だからといって、馬鹿高い仏壇を買う必要はありませんし、某カルトのように仏画を法外な値段で買わせる……なんてことは、仏教全体の恥になるわけです。

 修行を積んだ菩薩や如来は、滅多に怒りません。
 怒るのは、天部や明王の仕事だからです。
 だから、釣り合いは取れているんですけどね。

 また、神仏では、祈りに対する姿勢はあまり書かれていません。
 それは、神仏の加護が一番必要なのは、病人だからです。

 病人が医療施設で、仏像も何もないところで「南無阿弥陀仏」を唱えても、阿弥陀様はやってきてくださいます。
 阿弥陀様のお迎えは、雲に乗って眷属を従え、できるだけ派手にお迎えすることになっています。
 それは、今までその病人が苦しみや痛みを耐えたことによる、ねぎらいの意味もあるからです。

 儀式などでは、かしこまった儀式をするのが神道仏教ですが、その他は割と寛容です。
 ベッドから起き上がれないのなら、布団の中で「南無阿弥陀仏」を唱えても良いですし、それで仏様が人間を見放すことはありませんよ。
 私のご本尊が阿弥陀仏なので、阿弥陀様のご意見を元に書いているのですが、健康面では「薬師如来」という、薬に精通した如来様もいらっしゃいます。この如来は、「何でも治る妙薬」を持っており、しかし、「死ぬはずの人間の寿命を勝手に延ばすのはいかがなものか」とお悩みになる如来なのですよ。

 今、病気の床にある人は、薬師如来に祈った方が良いかもしれませんね。
 また、祈る姿勢も、別に寝ながら祈っても、像の前で五体投地して祈っても、お恵みは変わりありません。
 実際、お釈迦様も寝転がりながら仏教について考える像もありますしね。お釈迦様は体が弱いので、こういった寝転がる姿勢であることも多いようです。
 祈り方は自由!ですよ。
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