帝釈天と阿修羅 | 魔法石の庭3rd
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帝釈天と阿修羅

 リボルテック仏像、また増えます。
 本当は阿修羅も欲しかったのですが、なんか帝釈天系と喧嘩するという話を聞いたので、止めます。増長天も多聞天も帝釈天の部下ですし。

 帝釈天と阿修羅が仲が悪くなったのは、こんないわれがあります。
 元々は同じ戦神ということで、むしろ仲は良かった2体。それは、阿修羅が「娘を嫁に出すのなら帝釈天が良い」と口にするほど。
 しかし、帝釈天はそれを待ちきれず、阿修羅の娘をさらって無理矢理妻にしてしまいます。
 阿修羅はこれに激怒し、そこから帝釈天と阿修羅の戦が始まったのです。

 阿修羅軍と帝釈天軍は、一進一退の攻防で戦いますが、帝釈天が軍を後ろに下がらせようとしたところ、そこにいた蟻の行列に気づき、「蟻を踏まぬように」と行軍を止めさせます。それに、「何か罠を仕掛けているのでは?」と疑心暗鬼になった阿修羅軍は追撃することができず、戦は帝釈天が勝利しました。

 私としては、阿修羅側の意見の方がわかります。そらそうよ。娘がさらわれて、黙ってられる親はいないでしょ。
 ってゆーか、誘拐婚は良くて、蟻を殺すのはダメってのはどういう理屈だ、帝釈天。女性にとっては、知らん男にさらわれたら死ぬより恐怖を感じると思うのですが。
 
 まあ、この話は、「正義にこだわりすぎて、赦すことを忘れてしまった」というのが阿修羅の敗因とされています。
 誘拐婚後、帝釈天と阿修羅の娘は仲むつまじい夫婦となったそうで、そこで「娘が幸せなら」と怒りを飲み込む度量が必要だったということですね。

 仏教では、「こだわりを捨てる」という修行もあります。
 そのこだわりは、悪いものだけでなく、阿修羅の「正義」といった、一見良く見えるものも捨てる修行をするそうです。
 それは、「良いと思えるものも、時代によって変わる。変わってしまうものは悟りを開くのに邪魔である。全ては『空』であり、『なにもない』ことが真理なので、こだわりはいかんよ」というのが仏教の教えなのだそうです。

 仏様自体も、最初から善人というわけではないですしね。お釈迦様だって、国を捨て、妻も子も捨てて仏教を開いたのですから。
 特に、子供には結構酷いことしてまして、名付けたのが「ラーフラ」。サンスクリット語で「障害になるもの」の意味で、そのまま「釈迦が悟りを開くために邪魔なもの」のことです。

 仏教というのは、「過去に間違ったことをしても、今ちゃんとしてるのなら悟りだって開けるよ」という考え方なのですね。
 有名どころだと、鬼子母神もそうですし……元は、鬼なんですよ。以前も書いた覚えありますけど、子供を食べる鬼だった鬼子母神ですが、そこでお釈迦様が鬼子母神の99人の子供のうち一人を隠してしまいます。半狂乱になって子供を探す鬼子母神に、お釈迦様は「99人の子供のうち一人いなくなっただけでそんなに悲しいのに、たった一人の子供を失った親はどんなに悲しいことか」と説きます。
 それで目が覚めた鬼子母神は、仏法に帰依することを誓い、子供を返して貰いました。

 修行の末に、人間を食べることを止めた鬼子母神は、今では子宝と子供の守り神として祀られるようになった、という話ですね。

 ちなみに、鬼子母神のシンボルであるザクロの実は、人間の肉に味が似ているとされ、修行中に人間が食べたくなった鬼子母神が我慢するためにザクロを食べていたとされています。
 人間の肉って酸っぱいとは聞きますが。以前、神獣たちに聞きましたが(神獣の祀られていた時代は生け贄があったらしい)、「人間は筋張っていて美味くない」だそうです。
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